釈尊の教えられたこと(弥陀の本願)

釈尊が80歳で亡くなるまで説かれたことは、すべて七千余巻の一切経に書き残されています。

その一切経には、何が教えられているのか。

「如来所以興出世 唯説弥陀本願海」 (正信偈) とあるように、

阿弥陀仏の本願一つ教えられたのが仏教です。

釈尊は、阿弥陀仏の本願一つ説くために、七千余巻の一切経を説かれた、ということです。

阿弥陀仏のお弟子がお釈迦様ですから、これは当然のことです。

弟子の使命は、先生の御心一つをお伝えすること以外にないからです。

阿弥陀仏のお弟子である釈尊は、阿弥陀仏の御心、阿弥陀仏の本願一つを説かれる

ことが唯一の使命であったのです。

ですから、仏教の結論として、釈尊は、

「一向専念 無量寿仏」 (大無量寿経) と説かれました。

無量寿仏とは阿弥陀仏の別名。

「阿弥陀仏一つに向け、阿弥陀仏を専念せよ。これよりほかに後生の一大事解決できる

方法はないのだよ」 と教えられています。

すべての人は、罪悪を造り続けているために、一息切れたら無間地獄へおちる、という

後生の一大事という大問題を持っている。 この世も苦しみ悩み、死んでまた地獄へおちる、

苦から苦へのつなわたりをしようとしている全人類を、なんとか助けてやりたいと、

大宇宙の諸仏方が立ち上がりました。 ところが、私たちの悪があまりにも重く、とても

助けることができないと、見捨てられました。

(つづく)

No Comments

釈尊の教え=弥陀の本願

釈尊が35歳で仏の覚りをひらかれ、80歳でなくなるまで、45年間説かれた教えを、仏教といいます。

そのみ教えは、七千余巻の一切経にすべて書き残されています。

仏教を知るには、この一切経を全部読んで理解しなければなりませんが、漢字ばかりで書かれていますし、

七千冊以上もあるのですから、誰でも読めるものではありませんし、理解できるものでもありません。

この一切経を何回も読み破られた方が、今日、世界の光と言われている親鸞聖人です。

そして、次のように断言されています。

「如来所以興出世 唯説弥陀本願海」 (正信偈)

(釈迦如来が、この世に生まれられた目的は、弥陀の本願一つを説かれるためであった)

七千余巻もあり、45年間も教えられた、と聞きますと、仏教にはいろいろなことが教えられているのだろう、

と思われるかもしれませんが、そうではなかったのです。「唯説」(ただ一つのことを説かれるためだった)

と、親鸞聖人は断言されています。それは、「弥陀の本願」と、仰言っています。

「弥陀の本願」とは、阿弥陀仏の本願のことです。

では、阿弥陀仏とはどんな仏様でしょうか。仏教をとかれた釈尊は、この地球上にあらわれた仏様ですが、

阿弥陀仏はそうではありません。阿弥陀仏と釈尊との関係について、蓮如上人は次のように仰言っています。

「ここに阿弥陀如来と申すは、三世十方の諸仏の本師本仏なれば」(御文章)

三世十方の諸仏とは、大宇宙にまします、数え切れないほどの仏方のことです。本師本仏とは先生、という

ことです。ですから、阿弥陀如来は、大宇宙の仏方の先生、ということです。地球にあらわれたお釈迦様も

十方諸仏のお一人ですから、阿弥陀如来と釈尊との関係は、先生と生徒、師匠と弟子となります。

地球上でもっとも偉大なお釈迦様も、阿弥陀如来のお弟子である、ということです。

弟子の使命は、先生の願い、先生の御心を、一人でも多くの人にお伝えすること以外にありませんから、

弟子である釈尊は、一生涯、自分の先生である阿弥陀如来の本願一つをとかれたのだ、と断言

された親鸞聖人のお言葉に、深くうなづかずにおれません。

では、本願とは、なんでしょうか。

No Comments

釈尊の教えとは?

釈尊は、どんな方であったのか、概略を今までお話しました。

これからは、どんなことを教えられたか、について書きたいと思います。

釈尊(釈迦)は、今から約2600年前、インドで活躍されました。

35歳で仏という覚りを開かれ、80歳で亡くなるまでの45年間、覚った大宇宙の真理を説かれたのが、

今日、仏教と言われています。

「大宇宙の真理」と言いましても、数学的真理や科学的真理などではありません。

私たちが、幸福になる真理、です。

何のために生まれてきたのか、生きているのか、それは「幸せになるため」ではありませんか?

これは、時代や場所に関係なく、すべての人の願いではないでしょうか。

みんな幸せを求めて生きているのに、現実は、苦しみ、悩み、不安や心配に満ちているのが

私たちの人生です。 どうすれば幸せになれるのか。お金か、財産か、あるいは地位か名誉か、健康か。

人それぞれ一生懸命求めていますが、つかんだ、と思った幸せもすぐに色あせる、崩れてしまう。

そんな私たちが、絶対に崩れない壊れない、色あせない、人間に生まれてきたのは、この幸せ

になるためだった、と言える絶対の幸福の存在を発見し、教えられたのが釈尊でありました。

No Comments

釈尊の説法・人間の実相(藤蔓・ネズミ)

釈尊の人間の実相について書いています。
今日は「藤蔓」と「ネズミ」についてです。

旅人は、藤蔓に捕まって断崖にぶら下がっています。
釈尊は人間の寿命を「藤蔓」で譬えられました。
しっかりしたワイヤーロープではなく、細い藤蔓。
そして釈尊が「白と黒のネズミ」に例えられたのは「昼と夜」のことです。
二匹のネズミが交互に藤蔓をかじりながら回るように、私たちの命を、昼と夜とが、こもごも循環しながら削っている。正月もお盆も、一刻の休みもなくかじり続ける。やがて、白のネズミか、黒のネズミにかみ切られる時が必ず来るのです。

一日生きたといういことは、一日死に近づいたことであり、
一年生きたということは、それだけ大きく死に近づいたということです。

釈尊は、寿命がこくこくと短くなっている様を藤蔓とネズミでたとえられているのですね。
この話は親鸞会で聞かせてもらいました。

親鸞会設立の目的は、もちろんあの有名な親鸞聖人の教えを正しく伝えること、ただ一つですが、その親鸞聖人は、釈尊の教え以外には何もないのです。親鸞聖人は、常に「さらに親鸞、珍しき法をひろめず、釈迦の教法を、我も信じ、人にも教え聞かしむるばかりなり」と仰言っています。
親鸞会は高森顕徹と言う人が会長ですが、浄土真宗親鸞会も釈尊の教え、親鸞聖人の教えをそのまま伝えることをポリシーとしているようです。

No Comments

釈尊の説法・人間の実相(猛虎)

浄土真宗親鸞会にて詳しく知ることができた釈尊の存在。

釈尊の人間の実相について書いています。
今日は「猛虎」についてです。
釈尊が「猛虎」に例えられたのは、無常(自分の死)であり、追いかけてくるのは、無常の嵐の吹きすさんでいることを表しています。私たち一人一人の背後に飢えた猛虎が迫っているのは、否定しようのない事実です。
あるガン患者は闘病記に、次のように書いています。
〈死は、突然にしかやって来ないといってもよい。いつ来ても、その当事者は、突然に来たとしか感じないのである。生きることに安心しきっている心には、死に対する用意が、なにもできていないからである。
(中略)死は、来るべからざる時でも、やってくる。来るべからざる場所にも、平気でやってくる。ちょうど、きれいにそうじをした座敷に、土足のままで、ズカズカと乗り込んでくる無法者のようなものである。それでは、あまりムチャである。しばらく待てといっても、決して、待とうとはしない。人間の力では、どう止めることも、動かすこともできない怪物である〉

釈尊は、世の無常をさとられ「諸行無常」といわれていますが、
中でも無常とかんじられるのは人間の死です。
なかでも特別なのが「自分の死」でしょう。

釈尊は真正面からご自身の「死」について見つめられ、
必ず死んでいく人間がどうすれば本当に幸せになれるかを求め、
仏のさとりを開き、その答えを出されたのです。

親鸞会ではこういった人間の非常に大事なことを色々と私達に伝えてくれているようです。

No Comments

釈尊の説法・人間の実相(白骨)

釈尊の説かれた人間の実相について書いています。

今日は「白骨」についてです。

旅人は、道に散らばっている白骨を見て驚きました。
釈尊は「他人の死」を「白骨」で譬えられました。
「白骨を発見して驚いた」とは、私たちが、他人の死を見たり聞いたりした時の衝撃を例えられたものです。
道で霊柩車を見ると引き返す人、死と聞くとゾーッとする人、葬式を見ると頭痛がするという人もあります。死を恐れるのは、動物の本能です。
交通事故や自然災害、テロや殺人など、テレビや新聞で、人の死のニュースが流れぬ日はありません。
私たちも旅人と同じように、白骨の広野にポツネンと立っているようなものではないでしょうか。

釈尊は、嘘偽りのない世の実相をそのまま教えられたのです。

親鸞会を通してこの釈尊のお話を知ったわけですが、生と死についてここまで深く考えた人がいたからこそ、今の私達の生活があるのでしょうね。それをキチンと私達に伝えている親鸞会の活動、親鸞会の方に感謝です。

No Comments

釈尊の説法・人間の実相(秋)

親鸞聖人の教えを伝えてくれる親鸞会でこの有名なたとえ話を聞いたのですが、たとえの意味を続けたいと思います。

旅人は、果てしのない広野を一人で歩いていた。しかも木枯らしの吹く秋の夕暮れであったとは、釈尊は人生の寂しさを例えられています。
なぜ、人生は寂しいのでしょうか。
その理由を釈尊は、
「独生独死 独去独来」
(独り生まれ、独り死し、 独り去り、独り来る)
と説かれています。この世に独りで生まれてきたのだから死んでいく時も独り。最初から最後まで、独りぼっちの旅なのです。
「肉体の連れはあっても、魂の連れはない」ということです。どれだけ多くの人に囲まれていても寂しいのは、自分の心を分かってくれる人がいないからです。
親子、夫婦、親友でも、心の中を洗いざらい言えるでしょうか。
よくよく心の奥底を見つめると、とても言葉に出せないものを、お互いに持っています。もし口にしたら、「そんなことを思っていたのか」と、相手に驚かれ、嫌われてしまうでしょう。
「あの人には何でも言える」というのは、言える程度までならば何でも言える、ということです。自分の悩みや苦しみを、すべてだれかに話すことができ、完全に分かってもらえたら、どれほど救われるでしょう。しかし現実には不可能です。
「永遠の愛」を誓った夫婦でさえ、どれだけ行き違いが多いことか。話し合えば話し合うほど、お互いの感覚や価値観の違いが浮き彫りになるのは、どうしようもありません。あからさまに言いたいことを言うとケンカになるので、家庭生活を維持するには、違いを認めて歩み寄らねばなりません。それにはかなりのエネルギーを要するから、相手に配慮する気力がなくなった時が破局です。
どんなに仲良く、一緒に暮らしている相手であっても、一人一人の本心は、別の人には、のぞき見ることもできません。自分にさえ知りえぬ、秘密の蔵のような心があると、仏教では説かれています。
寂しくて何かをせずにおれないけれど、何をしても紛らわすことができない。
まさに底知れぬほど寂しいところが人生なのです。

釈尊は、まず人生の寂しさを教えられ、そこから真の意味で解放された世界を明らかにされたのです。

No Comments

釈尊はこういったこともキチンとわかっておられたんですよね

ときには釈尊のことをブッダとか世尊とか釈迦とか言われたりしますね。
釈尊は時に敵と狙う人もあらわれたりするのですが、その憎しみも釈尊の円満な人柄を前にするとなぜか自然にやわらぐことができ、いつしか帰依者に変わっていくのが常に起こることでした。

その釈尊の「人間の実相」について書いていました。
釈尊は、そのたとえ話をされたところまで書きました。
今日から、その譬えは何を表しているのか、簡単に書いてみたいと思います。

人間とはいかなるものか。釈尊が『仏説譬喩経』で明らかにされた「人間の実相」は、
人はなぜ仏教を聞かねばならないかを浮き彫りにしています。
これが分からねば、仏法は始まりません。それほど大切なご教示なのです。

旅人

まず釈尊が「旅人」とたとえられたのは私たち人間のことです。旅に出ると一カ所にとどまらないように、私たちは昨日から今日、今日から明日へと、時間の旅をしています。旅行中、晴天に恵まれる日もあれば、雨や風、雪に見舞われることもある。上り坂もあれば下り坂もあるでしょう。
人生も同じで、調子のいいことばかりでなく、悲しいことやつらいこと、どん底に落ちる日もあります。
確かに、人生は「旅」に似ています。しかし旅人ならば、行く先、目的地がハッキリしていますが、私たちは、「人生の目的」を知っているでしょうか。
目的なしに生きるのは、死ぬために生きるようなものです。死を待つだけの人生は苦しむだけの一生に終わります。
「人間に生まれてよかった」と心から喜べる「人生の目的」を知ることの大切さを教えるために、釈尊は、私たちを「旅人」に例えられたのです。

No Comments

釈尊とは

釈尊の説かれたお話に「人間の実相」といわれるものがあります。
ロシアの文豪トルストイが「これ以上、人間の赤裸々な姿をたとえられた話はない」
と絶賛した話です。

釈尊はまず次のようなたとえ話をされました。

それは今から幾億年という昔のことである。ぼうぼうと草の生い茂った果てしない広野を、独りトボトボと歩いていく旅人があった。季節は、木枯らしの吹く寂しい秋の夕暮れである。

ふと旅人は、急ぐ薄暗い野道に、点々と散らばる白い物を発見して立ち止まった。一体何だろうと、拾い上げて驚いた。
何とそれは、人間の白骨ではないか。どうしてこんな所に、しかも多くの白骨があるのか。不気味な不審を抱いて考え込んだ。間もなく前方の闇から、異様なうなり声と足音が聞こえてきた。闇を透かして見ると、かなたから、飢えに狂った獰猛な虎が、こちら目掛けてまっしぐらに突進してくるではないか。

旅人は、瞬時に白骨の意味を知った。自分と同じく、ここを通った旅人たちが、あの虎に食われたに違いない。同時に自分もまた、同じ立場にいると直感した。驚き恐れ、無我夢中で、今来た道を全速力で虎から逃げた。
しかし、所詮は虎に人間はかなわない。やがて猛虎の吐く、恐ろしい鼻息を身近に感じ、もうだめだと思った時である。どう道を迷ったのか、断崖絶壁で行き詰まった。

絶望に暮れた彼は、幸いにも断崖に生えていた木の元から一本の藤蔓が垂れ下がっているのを発見。その蔓を伝ってズルズルーと下りたことはいうまでもない。
せっかくの獲物を逃した猛虎は断崖に立ち、無念そうに、ほえ続けている。
旅人は九死に一生を得た。「やれやれ、この藤蔓のおかげで助かった。まずは一安心」と足下を見た時、思わず口の中で「あっ」と叫んだ。

底の知れない深海の怒涛が絶えず絶壁を洗っているではないか。それだけではない。波間から三匹の竜が、真っ赤な口を開け、自分の落ちるのを待ち受けているのを見たからである。あまりの恐ろしさに、再び藤蔓を握り締め身震いした。

しかし旅人は、しばらくすると空腹を感じ、周囲に食を探して眺め回した。
その時である。
旅人は、今までのどんな時よりも、最も恐ろしい光景を見たのだ。
藤蔓の元に、白と黒のネズミが現れ、藤蔓を交互にかじりながら回っているではないか。やがて確実に白か黒のネズミに、かみ切られることは必至である。絶体絶命の旅人の顔は青ざめ、歯はガタガタと震えて止まらない。

だが、それも長くは続かなかった。この藤蔓の元に巣を作っていたミツバチが、甘い蜜の滴りを彼の口に落としたからである。旅人は、たちまち現実の恐怖を忘れて、陶然と蜂蜜に心を奪われてしまったのである。

No Comments

釈尊はそういったことを教えられているのです。

35歳の12月8日に大宇宙最高の仏というさとりを開かれた釈尊は自分の悟りを伝える為に、鹿野苑へ向かって、初めて五比丘に仏の教えを説かれました。
これを初転法輪(しょてんぽうりん)と呼ぶのだそう。

五比丘とはもともと太子の身の回りの世話をしていた者たちであり、父・浄飯王によって遣わされた臣下でした。故郷のカピラ城を捨て、真理を求めて修行を始められた太子(釈尊)を、父王は捨ておけなかったのです。
太子(釈尊)は五比丘らの来訪を、拒絶されました。
身の回りの世話などされては修行にならない、というのが理由だったようです。
そこで彼らは、「ともに修行いたしますので、どうかおそばにいさせてください」と申し出、ようやく起居をともにすることを許されたのです。

釈尊がその五比丘に説法されたのが地球上における、初めての説法である。
転法輪とは、人々の荒れ果てた心の大地を、平らかに耕す法輪を転ずることであり、
説法のことです。
その最初の説法を初転法輪というのです。
釈尊、四十五年間のご布教が、ここに始まったのです。

No Comments