釈尊の教えと雑行


釈尊一代の教えは、弥陀の本願一つ説かれたもの。

その弥陀の本願とは、今日の言葉で言えば、こうなります。

「すべての人を、必ず助ける、絶対の幸福に」

その弥陀の救いにあうには、「雑行」が廃らなければならない。

親鸞聖人は、ご自身が弥陀に救われたことを、

「愚禿釈の鸞、建仁辛酉の暦、雑行を棄てて本願に帰す」

(教行信証)

と、書かれています。

「愚禿釈の鸞」とは、親鸞聖人ご自身のことを仰っています。

「建仁辛酉の暦」とは、聖人29歳のとき。

「本願に帰す」とは、弥陀に救われたこと。

「雑行を棄てて」 これが、キーワードとなります。

蓮如上人の御文章にも、繰り返し、「雑行をふりすてて」

「雑行をすてて」 と、書かれています。

ゆえに、「雑行」がわからねば、親鸞聖人の教え、蓮如上人の

教えは、まったくわかりません。

親鸞会では、その雑行とは何かが、明らかにされています。

親鸞会で、真実の教えを聞きましょう。

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