釈尊の説法・人間の実相(藤蔓・ネズミ)


釈尊の人間の実相について書いています。
今日は「藤蔓」と「ネズミ」についてです。

旅人は、藤蔓に捕まって断崖にぶら下がっています。
釈尊は人間の寿命を「藤蔓」で譬えられました。
しっかりしたワイヤーロープではなく、細い藤蔓。
そして釈尊が「白と黒のネズミ」に例えられたのは「昼と夜」のことです。
二匹のネズミが交互に藤蔓をかじりながら回るように、私たちの命を、昼と夜とが、こもごも循環しながら削っている。正月もお盆も、一刻の休みもなくかじり続ける。やがて、白のネズミか、黒のネズミにかみ切られる時が必ず来るのです。

一日生きたといういことは、一日死に近づいたことであり、
一年生きたということは、それだけ大きく死に近づいたということです。

釈尊は、寿命がこくこくと短くなっている様を藤蔓とネズミでたとえられているのですね。
この話は親鸞会で聞かせてもらいました。

親鸞会設立の目的は、もちろんあの有名な親鸞聖人の教えを正しく伝えること、ただ一つですが、その親鸞聖人は、釈尊の教え以外には何もないのです。親鸞聖人は、常に「さらに親鸞、珍しき法をひろめず、釈迦の教法を、我も信じ、人にも教え聞かしむるばかりなり」と仰言っています。
親鸞会は高森顕徹と言う人が会長ですが、浄土真宗親鸞会も釈尊の教え、親鸞聖人の教えをそのまま伝えることをポリシーとしているようです。

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