釈尊の警鐘乱打


世人薄俗にして、共に不急のことを争う (大無量寿経)

世の中の人は、目先のことばかりに心をうばわれて、無明の闇を破る

人生の大事を知らない、 釈尊の警鐘乱打である。

私たち全人類は、どれだけ急がねばならぬ大事があると教えて

頂いても、不急のことをあらそい、目先のことしか考えられない。

言い換えると、「どう生きるか」 しか、考えられない。

どうすれば、長生きできるか。

どうすれば、幸せに生きることができるか。

どうすれば、お金や財産を得ることができるか。

どんな人と結婚すれば、幸せに生きられるか。

そういうことしか、すべての人は、毎日考えていることはない。

書店や図書館にいっても、「どう生きる」 という本ばかり存在する。

科学も、どう生きるか、のためにある。

政治も

原子力も、

芸術も

医学も

法律も

倫理も

道徳も

人間のつとめていることは、「どういきる」 ばかり。

本屋や図書館の本も、全部、どういきる。

それ以外にはない。

しかし、大事なことが、忘れられていないだろうか。

親鸞会では、「なぜ生きる」 を説かれた釈尊、親鸞聖人の

教えが説かれています。 親鸞会の行事案内はホームページ

をご覧ください。

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